フルコンタクト空手統合運動の第一ディケイドを振り返る
2012年赤坂会議から2028年世界大会開催決議まで
本年、第10回記念全日本フルコンタクト空手道選手権大会が開催された。
第1回大会が開催された2014年から数えて10回目の節目であるが、その源流はさらに2年前、2012年4月9日に東京・赤坂で行われた新極真会とJKJOによる最初の会議に遡る。
2012年
当時、フルコンタクト空手界は数多くの流派団体が存在し、それぞれが独自に活動を展開していた。しかし、フルコンタクト空手をオリンピック種目とするためには、まず日本のフルコンタクト空手界がまとまりの形を持つ必要があるとの認識で一致した。
フルコンタクト空手発祥の地である日本で統一組織を構築し、そのモデルを世界へ広げていく。 この考え方は、後の全日本フルコンタクト空手道連盟(JFKO)設立、さらには全世界フルコンタクト空手道連盟(WFKO)創設へとつながっていくことになる。

20213年
2013年3月18日、約1年にわたる準備会議を経てJFKOが設立された。
同年9月には東京オリンピック開催が決定し、空手が追加競技として採用される可能性が現実味を帯びる中、フルコンタクト空手界も競技統一へ向けた歩みを加速させていった。

2014年
2014年には第1回全日本フルコンタクト空手道選手権大会を開催し、国内統一競技会としての第一歩を刻んだ。
同年末には、東京オリンピックにおけるフルコンタクト空手種目化を目指し、103万人に及ぶ署名活動を展開した。


2015年

また翌2015年には、極真世界連合(KWU)と、JFKO幹事団体であるWKO(全世界空手道連盟)がロシア・ハバロフスクにおいて提携関係を結び、世界のフルコンタクト空手界の大多数が協調関係を築く環境が整えられた。
しかし結果として、東京オリンピックに採用された空手競技はノンコンタクト組手と形を中心とした種目構成となり、フルコンタクト空手の採用は実現しなかった。
当時の活動は、一見すると目標を達成できなかった運動であったようにも見える。しかし現在の視点から振り返ると、その評価は異なる。
オリンピックを目指した統合運動の過程で、日本にはJFKOという統一競技団体が誕生し、競技ルールや審判制度、競技会の開催など競技基盤の整備が進んだ。
また世界においても交流が進み、フルコンタクト空手は単なる流派活動の枠を超え、国際競技としての発展を志向するようになった。
2019年
その流れの中で2019年、WFKOが設立された。

2025年
そしてコロナ禍、さらにはウクライナ戦争による国際活動の停滞という困難を乗り越え、2025年5月31日・6月1日、東京・有明アリーナにおいて第1回全世界フルコンタクト空手道選手権大会が開催された。
2012年の赤坂会議で描いた「日本から世界へ」という構想は、この世界大会によって一つの到達点を迎えたと言えるだろう。



さらにWFKOは8つの国際実技連盟の加盟を実現し、世界120の国と地域にネットワークを構築した。 世界の主要な国際実技連盟も参加するなど、フルコンタクト空手界における新たな国際秩序の形成も進みつつある。 一方で、世界大会を一度開催することと、それを継続していくことは全く異なる課題である。国際競技連盟として真価が問われるのは、むしろこれからである。
そのような認識のもと、2028年5月、日本において第2回全世界フルコンタクト空手道選手権大会を開催することが決議された。
これは単なる次回大会の開催決定ではない。2012年に始まった統合運動が、一過性の運動ではなく、継続的な国際競技運動として発展していく意思表示である。東京オリンピックへの挑戦から始まったこの第一ディケイドは、結果としてフルコンタクト空手独自の国際競技基盤を築く時代となった。
昨年の世界大会をもって、私たちは一つの時代を終えた。そして今、新たな10年の入口に立っている。
フルコンタクト空手界が今後どのような発展を遂げるのか。その答えは未来の歴史が示してくれるだろう。少なくとも、2012年4月9日に始まった小さな会議が、世界大会の実現へとつながり、さらに2028年の第2回世界大会へと続いていることは、フルコンタクト空手史における重要な足跡として記録しておきたいと思う。
全世界フルコンタクト空手道連盟
事務局長
小井泰三